第22回 『犬と猫と人間と2 動物たちの大震災』


震災後を懸命に生き抜こうとする動物たち、動物たちを救おうと奔走する人々。宮城県出身の若手監督が600日にわたって正面から向き合った。監督は人間の身勝手さを非難することなく、誠実な眼差しで事実として受け止める。目を背けたくなるような現実を正面から受け止め、努めて淡々と物語をつむぐ姿勢は、いつしか観る側に再生を予感させるものだ。

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「母性」からはじまったレスキュー

震災後、3・11関連の本を多数読みましたが、強く印象に残ったものに、森絵都さんのノンフィクション『おいで、一緒に行こう 福島原発20キロ圏内のペットレスキュー』(文藝春秋)があります。

森さんはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)職員を主人公にした『風に舞いあがるビニールシート』(文藝春秋)で直木賞を受賞し、当時UNHCRに勤務していた私は、その執筆過程で取材を受けたご縁があります。

犬の保護活動を取り上げたノンフィクションを執筆していた森さんの視線は、震災後、原発周辺に残された動物たちを救う人々に向かったのです。

おいで、一緒に行こう』の中には、並々ならぬ覚悟で20キロ圏内に入っていくレスキュー隊の女性たちの姿と、マスコミが報じない20キロ圏内の現実がありました。

森さんの言葉を借りると、「20キロ圏内に残された動物たち、そしてその飼い主の哀や苦を、彼女たちに代わって引き受ける機能がこの国には存在しない。だから彼女たちがこうして命を賭している」のです。

立ち入り禁止区域に入ることを森さんは善悪の判断抜きに受けとめ、そして自ら一緒に活動したのでした。レスキュー隊の中心は40代の女性たち、その動機について「母性」と語っていたことが、同年代の私には刺さりました。

©宍戸大裕

600日にわたるドキュメント

森さんの本に出会っていた私は、ドキュメンタリー映画『犬と猫と人間と2』に自ずと興味が湧きました。本作は、東日本大震災で人間と並んで被災した犬や猫などの動物と飼い主、そして動物の保護に忙しくする人々の姿を通じて命を見つめます。彼らが600日間寄り添った記録なのです。

「家族」同様に人々の暮らしにとってかけがえのない存在だったにもかかわらず、津波の犠牲になった動物の数は把握されていません。

そして、より複雑なのが原発事故で立ち入りができなくなった警戒区域の状況です。同区域内におよそ2万匹の犬と猫がいたと推定されますが、そのうち保護されたのはその3分の1に過ぎません。カメラは、餓死した犬の死骸が道路に置き去りになっている横で、無秩序に繁殖する様子を捉えます。

また、同区域内に取り残された家畜は、多くが餓死または殺処分されましたが、その一方で、900頭の牛が生き残っていました。放逐されて無人の大地をさまよったか、規制の目をかいくぐって餌の世話をしたボランティアに支えられるか、いずれかの形で生き延びたのです。

©宍戸大裕

牛が涙を流す

本作の圧巻は、遠方から車で通うレスキューボランティアの岡田久子さんらが、取り残された牛に餌を与え、その関係に深入りしていく過程です。

牛舎には餓死した牛の骨が散乱し、ハエに取り付かれた牛の死骸の横で、息も絶え絶えの牛が糞尿の中に座り込んでいました。画面を超えて牛舎の腐臭が襲ってくるような、テレビニュースが伝えない圧倒的な映像です。

ボランティアは、そんな過酷な現実の中で黙々と餌をやり、水を与えます。カメラにじっと目を向ける牛の目からは、涙がこぼれます。自分たちの都合で動物の生き死にを決める人間の身勝手さを突き付けられると同時に、ボランティアの女性たちをここまで駆り立てるものを思わずにはいられませんでした。

©宍戸大裕

 

「出会っちゃった」責任

震災から1年後の2012年4月、国は警戒区域の家畜について方針を転換。それまでの「全頭殺処分」から、出荷・移動・繁殖は引き続き認めないものの「区域内で生かすだけならよい」という姿勢に転じたのです。

それを受け、区域内に牧場ができ、岡田さんら個人ボランティアも献身的に参画します。おびただしい死を見てきたからこそ、命あるものを生かしたい――、そんな思いに突き動かされているかのようでした。

「なぜここまで深入りするようになったのですか?」と聞かれ、ボランティアの一人が笑いながら口にした言葉が印象に残ります。

「出会っちゃったから」。

この凄まじい現実に出会ってしまったから、知ってしまったから。

その責任として行動せずにはいられない、と言うのです。それは、森さんの本にあるように、子を無条件で受け入れる「母性」と言い換えることができるのかもしれません。

©宍戸大裕

受け止めることから、再生の予感が生まれる

宮城県出身の監督の宍戸大裕さんは震災を受けて、地元の人々の生き抜く姿を映像で記録したいと考え被災地に入りますが、変わり果てた故郷に戸惑い、カメラを向けることができずにいた、と言います。しかし、生き残った動物たちと彼らを保護しようと奮闘する人々と出会い、カメラで追うようになっていました。

宍戸監督は善悪の判断を押し付けず、動物と人との交わりに温かな目線で寄り添います。

動物を無残に扱うのも人間なら、身を賭して救おうとするのも人間。すべてをありのままに受け止める中から、ラストにはほんのりとながら、再生の予感がしてくるのが、この作品の妙でしょう。

©宍戸大裕

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