第15回 『魔女と呼ばれた少女』


アフリカの内戦に疲弊する国で、12歳で誘拐され、少年兵として戦うことを義務づけられた少女コモナ。かつて武装勢力のリーダーに命じられて殺した両親の死を悼むことで、失いかけていた自分を取り戻す人間再生の物語。映像美とベルリン映画祭銀熊賞女優賞受賞の演技力とでご覧あれ。

米アカデミー賞外国語作品賞ノミネート (カナダ代表)

2013年3月9日から劇場公開

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アフリカの暗部を下敷きに、少女の再生の物語を描く

アフリカの紛争や子ども兵士を描いた映画やドキュメンタリーはたくさんありますが、後味がジワリと染みるこの不思議な映画は格別です。

今週末より劇場公開になるカナダ映画『魔女と呼ばれた少女』は、演技経験ゼロの少女の好演が2012年のベルリン映画祭銀熊賞女優賞をもたらし、さらに2013年のアカデミー賞では外国語作品賞部門でカナダ代表になっています。

©2012 Productions KOMONA inc.

武装勢力による殺戮、子どもの誘拐と少年兵、略奪、レイプ、望まない妊娠。

いわゆるアフリカの紛争ものの御多分に漏れず、こうした重いテーマがこの映画にもいっぱい詰まっています。でも、この作品ではこれらは映画のスパイスであって、中核にあるのは、そうした生死の境目をさまよってなお、少女が勇気と意志の力で自分を取り戻し、再生しようという人間のたくましさでしょう。

ドキュメンタリー映画にはない映像美は、この映画に次元の高いテーマ性をもたらすことに貢献しています。

「社会派」というだけではくくれない、映画表現としての芸術性に優れた作品です。

12歳でゲリラ兵にされた少女が、まだ見ぬ我が子に語りかける

舞台は、サハラ以南のアフリカのとある国。

村を襲った武装勢力に12歳で誘拐された少女コモナが、なぜ自分が子ども兵士になったのか、来し方を語る形で展開します。

繊細で余韻ある響きの語りが、凄惨な内容に柔らか味を加え、幻想の世界に誘います。

 

あらすじをたどってみましょう。

コモナは武装勢力が故郷を襲撃した際に、司令官に命じられて両親を殺害したことから、良心の呵責に苛まされています。

過酷な行軍の中、「カラシニコフを親だと思え」と叩き込まれ、ものが必要になれば村を襲って略奪。

コモナは生き残るために、進んで戦場での戦い方を学びます。

©2012 Productions KOMONA inc.

来る日も来る日も銃を持たされ戦闘を繰り返す中、コモナが幻覚作用のある樹液を口にすると自分が殺した両親の亡霊をはじめ数々の亡霊が現れます。

亡霊たちはコモナにとって、「守護神」。その守護神に導かれて政府軍との戦いでコモナだけが生き残ったことで、呪術を使ってゲリラに勝利をもたらす「魔女」としてあがめられるようになるのです。日本で言えば、霊感のある巫女のような存在でしょうか。

敵の銃撃に怯えながら暮らす中、コモナは同じく呪術を操る「マジシャン」と呼ばれる「アルビノ(先天性白皮症)」のゲリラ兵と心を通わせるようになります。

©2012 Productions KOMONA inc.

マジシャンはコモナを誘ってともにゲリラから脱走し、コモナに求婚します。ここから、コモナとマジシャンの「ロードムービー」的な感じに転じてほっとするのもつかの間、2人はゲリラに見つかり、悲劇が襲います。その後、司令官の「妻」として夜の相手をすることを強要され、14歳で身ごもったコモナは、勇気を奮ってある行動に出るのですが……。

困難の中で早熟にならざるを得ない子どもたち

凄惨を極めるゲリラの世界。ですが、少年兵たちが熱狂するカンフーやテレビ番組、マジシャンが好意のしるしとしてコモナにそっと手渡すビスケットなどのモチーフに、わずかながらに残っている人間らしさを感じて救われます。そして、恋人同士の恋のささやきにも。

また、「肉屋」と呼ばれるマジシャンの叔父さんは、脱走してきたマジシャンとコモナを責めることなく無条件に受け入れます。
叔父さんは家族をなたで殺された過去があり、生業のために肉をさばくときには嘔吐してもいいように横にバケツを置いています。

この叔父さんの存在、そして、ラストで見せるコモナの勇気と意志の力は、凄惨なシーンも多いこの作品に、明るいトーンを与えています。

コモナを演じたラシェル・ムワンザは演技経験がなく、撮影が行われたコンゴ民主共和国の首都キンシャサのストリート・チルドレンの一人だったところをスカウトされたと言います。

彼女の大胆不敵でときに少女らしく、時にハッとするほど大人っぽく、かつ挑発するような表情は、天性の女優の資質を感じさせます。

©2012 Productions KOMONA inc.

コンゴ民主共和国は、映画の中でこそ物語の舞台とは明示されてはいませんが、この国では1990年代後半からずっと国内で紛争が続き、90年代半ば以降亡くなった人の合計は600万人にも及ぶと推定されています。
これは、規模で言うとユダヤ人のホロコーストでの犠牲者数に匹敵するものです。

先日行われたこの映画の先行上映会では、コンゴやウガンダで元児童兵士の社会復帰を支援している「テラ・ルネッサンス」の鬼丸昌也さんがゲスト出演し、児童兵士として取られた子どもたちの精神をズタズタにして親元に帰れなくするために、親を殺させるのだという凄惨な風習についても語ってくださいました。そんな惨劇の続く厳しい環境は、否が応でも子どもを早熟にさせてしまうのでしょう。

コンゴでは、少女たちの多くは10代半ばで母親になり、平均寿命は49歳。
平均寿命83歳の日本に置き換えると、コンゴでコモナが兵士にされた12歳は日本の20歳に相当することになります。

キム・グエン監督の独創性

人間の再生がテーマの本作、キム・グエン監督は本作の脚本を書くのに10年かけたといいます。そして、形にとらわれず、今この時だけがすべての現在進行形で撮影するため、俳優たちには撮影前に台本を渡さず、時系列的に撮影していったそうです。

この映画の中で、私が一番度肝を抜かれたシーンは、コモナとマジシャンが脱走して、マジシャンのコモナへの求婚に必要な「白いオンドリ」を探して、アルビノばかりが集められた村に足を踏み入れた場面です。

このシーンと言い、マジシャンの役柄と言い、アフリカでは「悪魔」と見なされ、標的にされがちな「マイノリティ中のマイノリティ」とも言えるアルビノを大胆に登場させるとは、グエン監督はさぞかし独創的な人なんだろうな、と思いながら、マジシャンが白いオンドリを探し当てアルビノたちが祝って踊るシーンを堪能しました。

調べてみると、監督はベトナム人の父とカナダ人の母の間に生まれたそうで、なるほど。よほどマイノリティへの共感がなければこんなシーンはまず考え付かないでしょう。

「私たちは非力であっても無力ではない」というメッセージ

コモナはラスト・シーンで アフリカの希望を背負って未来に向かって一歩を踏み出します。

そこに監督のメッセージを感じます。
「私たちは非力であっても無力ではない」ということを教えてくれる作品になっています。

©2012 Productions KOMONA inc.

今年6月には、5年に一度の「東京国際アフリカ開発会議」(TICAD Ⅴ)が開催され、アフリカ関連の報道も増えるでしょう。

そんなときに、ぜひこの映画で描かれている、紛争や貧困に翻弄されながらもたくましく生きるアフリカの女性たちのパワーについても考えていただければと思います!

 

 


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