止まり続けていたら、苦しくなるのは自分です ~6月7日の講演を終えて~

6月7日、母校での講演が終わりました。

 

 

 

 

小さくて尊い“1”という数字の大切さを感じてもらうこと。

それを力に、今いる場所よりもう1歩先へ進んでもらうこと。

 

これが今回の目的でした。

 

アンケートを読んで、多くの方にその想いをお届けできたかな・・・と、

感じることができました。

 

これまで講演活動をしてきた中でも、

今回ばかりは、この想い・覚悟の強さで語れるのは、

これが最初で最後だと思っていました。

「行けなくなっちゃったんで、また次の機会に!」

と言ってくださった方へも、正直なところ、次の機会はもうないと思っています。

たとえ一語一句同じ言葉を語ったとしても、同じのはもう無理です。(ごめんなさい)

これをやり終えた時、やる前の自分にはもう戻れないという、

自分自身にとっても不可逆の大きな1歩であることも感じていました。

 

そんな人生をかけた講演を終えて、今思うことをいくつか綴ります。

箇条書きになりますが、ご容赦。

 

 

 

 

 

与えたかったのではない

 

この講演を通じて、僕は参加者に何かを「与える」ということは考えていませんでした。

自分の話を触媒に、その人自身の中から色んなことが「引き出される」、

そんなイメージで語っていたんです。

 

アンケートを見ると、かなりの方が「自分の話」をたくさんしてくださいました。

僕はこれがとっても嬉しかったです。

「この話とこの話が役に立った」とかじゃなくて、

それによって自分のどんな体験・想いが引き出されて、

それが今後にどう繋がっていくか・・・

そんなことを大切にしていました。

 

経験・想いと共に、この日は“喜怒哀楽の感情”も引き出したいって思っていました。

思いっきり笑って、思いっきり泣いて欲しかったんです。

 

普段の生活の中で、何か苦しいことや辛いことがあっても、

「自分だけじゃない」「もっと辛い人もいるから」

といって、我慢している人ってかなり多いと思うんです。

それってすごく心の負担になります。

だから、この日はそれを発散して少しでも楽になって欲しいなって。

 

会場見渡すと、泣いてくれている人はけっこういたので、

よかったのかな・・・と。

笑いは、もうちょい取りたかった・・・(笑)

 

 

 

僕も泣きたかった

 

ぶっちゃけると、本番中そう思いました。

 

僕自身、長いこと感情に繋がる扉が固く閉ざされている状態にありました。

特に、「泣く」ということに関しては。

泣けたらどれだけ楽になるだろうって。

これがけっこう苦しかったんです。

 

だけど、意味ある時に、意味ある場所であの話をしながら、

本当に久しぶりに、感情に繋がる扉が開きかけたんです。

 

でも、語る身だから、そこはなんとか我慢してしまいました。

(我慢しきれてはいなかったけど・・・)

 

本音を言うと、あの時、思いっきり泣いておきたかった。

 

 

 

傷をえぐる恐怖

 

だいぶ自分の生乾きの傷をえぐるような話もしました。

そこに関しては覚悟できていたんでいいんです。

 

ただ、皆さんの前で自分の傷をえぐることで、

同じような痛みを抱えている誰かの傷までえぐってしまうんじゃないか・・・

 

これはずっと怖かった。

話終えた今でも不安です。

アンケートには書かなかったけど、本当はきつかった方もいるんじゃないかって。

 

少なくとも、聞く側も本当に体力を使う内容だったとは思っています。

なので、ゆっくり休んでくださいね。

 

 

 

乗り越えない

 

悲しみや、苦しかった過去や今は、

「乗り越えよう」とは考えていません。

乗り越えるとは、登った山を、向こう側に降りることだと思っています。

 

そうやって遠ざかると、経験が活きない、

そんな気がしてしまうのです。

 

だから、「乗っかろう」と思っているんです。

悲しみや苦しみの上に立つ。

そうやって足下に置いておくことで、

その時の経験を優しさや強さに変えて活かしたい。

 

「あってよかった」なんて口が裂けても言えない経験はあっても、

その後に活かせない経験は自分次第で何一つない。

 

コンプレックスが強みに変わった経験を持っている自分だからこそ、

そう思っているんだと感じます。

 

乗り越えないで、乗っかります。

 

 

 

一人ひとりを見たかった

 

これは反省点です。

 

「“1”を大切に」というメッセージの講演だから、

準備の段階から可能な限り“一人ひとり”を大事にしようって決めていました。

事前メッセージは個別に送ったし、

名簿を何度も見て200人の名前・所属を始めとした色んなことをちゃんと把握しておこうと努めました。

 

が、とても覚え切れていたとは言えず・・・

 

それと、当日ももっと“一人ひとり”に語りかけたかったです。

やはり最初は緊張してしまったのと、

後半部分は自分の想いを言葉として紡ぎ出すので精一杯で、

誰がどこに座っているのかが分からなくなってしまったし、

最初は空席がちょいちょいあったのに、

「気づいたら」パイプ椅子までいっぱいになっているという状況でした。

「このフレーズは、この人に届ける」

それぐらいのつもりで、もっと“一人ひとり”を見たかった。

これは今後への反省です。

 

 

 

自ら機会を作り、機会で自らを変える

 

とはいえ今回の講演は、

僕自身にとっても大きな1歩になりました。

 

「自ら機会を作り、機会によって自らを変えよ」

 

僕の前職の創業者の言葉です。

全てを語り尽くす覚悟を決めることで、

今回はそれができたかなって思います。

 

「もう1歩先へ進みたいあなたへ」と副タイトルにありますが、

一番変えたかったのはもしかしたら自分かもしれません・・・

そんな自分本位も実はあったことをお許しください。

 

 

 

止まり続けていて苦しいのは自分

 

今回の講演で一番伝えたかったことは、このことかもしれません。

 

いつでも一番辛かったのは、「自分が進めている実感」を持てない時でした。

1歩を踏みだす勇気がなかなか持てない自分でしたが、

止まり続けていて苦しくなるのは、結局自分なんです。

 

「ゆっくりでいい」「時には止まってもいい」

 

だけど、どこかで動き出さなきゃいけないんです。

どこかで1歩自分を進めなきゃいけないんです。

 

時には止まることがあっても、止まり続けないで。

感情に負けることがあっても、負け続けないで。

 

勝ち続けなくてもいい、負けてもいい、

だけど、負け続けないで。

 

倒れたら起き上がって、どこかで1歩。

進んで、また倒れてもいい。

だけどまたどこかで立ち上がって、1歩進む。

 

どんなに小さくても、微々たるものでもいいんです。

世のため人のためになる1歩じゃなくてもいいんです。

「今日はこの“1”ができた」という実感が、

次の“1”を積みにいくための確かな力になります。

自己満でも構いません。

そうやって進んでいって、あなたが少しずつ元気になること自体が、

周りの人を喜ばせ、笑顔をもたらしますから。

 

「いま、この瞬間の自分にできる“1”ってなんだろう」

それを探す姿勢だけは、どうか諦めないで。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

どんなに大きなものでも、全ては小さく尊い“1”の集まりでできているということ。

どんなにダメダメな自分でも、どんなにボロボロになった自分でも、

「その瞬間のあなたにできる“1”」はいつだって必ずあるということ。

 

そんな“1”の力を感じ、もう1歩先へ進む力になれたことを、

心から願っています。

 

ご来場してくださった皆様、本当にありがとうございました。

 

 

 

最後に、

僕がこの日に大きな1歩を踏みだす勇気をくれ、

葛藤が続きながらも歩みを止めない力をくれ、

自分の傷をも力に変えられるということを教えてくれた歌を紹介します。

 

『孤独な生きもの』KOKIA

 

 

 

すべては小さな“1”の積み重ね


 

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