残念なことに、ジェネラリストとしての能力を持つ人にしか、効果的に対処することのできない仕事が多いのである。リーダーシップとマネジメント、特定の種類のイノベーション、コミュニケーション、教育、育児、市民として果たすべき義務など。さらに、極端に専門化された人は、変わりゆく世界において非常に重要となる適応力を失う可能性がある。技術的な変化が自身の専門性を陳腐化させてしまったときに、自分自身の方向性を修正することができないかもしれないのだ。 ここで、スペシャリストが不要になってしまうわけではない、ということに注意してもらいたい。ジェネラリストとして機能する能力を持っておくことが重要なのだ。そうすれば、状況が変わっても新たな専門性に切り替えることができる。
―― 第4章 P72

[訳者解説]

世の中の仕事がますます知識化され、専門化されるにつれて、「ジェネラリスト」という言葉にはどこかネガティブなイメージが伴うようになりました。たとえば、新卒採用の面接で「私は立派なジェネラリストになりたいと思います」と言ったら面接官は眉をひそめるでしょう。キャリア形成のカギは、誰にも負けない専門性を身に付けることだと信じて疑わない人も多いと思います。

しかし、日本の大企業の多くが数年おきに人事ローテーションを行い、幹部候補生にさまざまな職場を体験させながら社内に人脈を作らせ、リーダーを養成しています。たしかに、その企業の内部でしか通用しない、発展性のないスキルもあるかもしれませんが、多様な仕事を経験させることでしか、大局的な視点を養うことはできないのです。

これが真のグローバル企業になると、過激なまでの多様化が進みます。『なぜ、日本企業は「グローバル化」でつまずくのか』(ドミニク・テュルパン/高津尚志著、日本経済新聞出版社、2012年)によると、ネスレのスイス本社の常務会に参加する上級幹部14名の国籍は米国、イタリア、フランス、インドなど9カ国に及び、それぞれが20代から40代にかけて日本を含む複数の外国での駐在経験を持っています。こうした人材を育てるため、ネスレでは将来経営を担う可能性の高い人材ほど、さまざまな地域を早い段階で体験させる人材配置を行っているそうです。

もちろん、ガードナーが指摘しているように、ジェネラリストとしての能力が求められるのは企業経営に限った話ではありません。地域コミュニティや家庭においても、自分では思いもしなかったような能力を生かして、人の役に立てる機会はあるものです。大切なのは、自分の可能性を信じること――「私には、○○しかできない」「どうせ、私には無理だ」などと思わずに、思い切ってチャレンジしてみることではないでしょうか。

自己革新[新訳]
――成長しつづけるための考え方

Self-Renewal: The Individual and the Innovative Society

20世紀アメリカを代表する知識人として知られる
ジョン・ガードナーの代表作。

【著者】ジョン・W・ガードナー
【訳者】矢野陽一朗
【価格】1,500円+税




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