インタビュー MBAの深化と日本的思想の役割 小山龍介

MBAは入り口でしかない

MBAは入り口でしかない

大学を卒業後、入社した広告代理店では、2、3年目にITバブルを経験します。ベンチャー企業をクライアントとしてサポートをする中で、広告だけでなくビジネス全般に興味をもちました。いつか自分も起業したいと考え、MBAを取ることを決意しました。ビジネススクールでの専攻はアントレプレナーシップ、副専攻はマーケティングでした。

よく、MBAは勉強量が多くてたいへんだと言われますが、仕事に比べたら全然楽です。仕事であればお客様がいて、ものすごいプレッシャーが伴いますし、体力的にも広告代理店時代には徹夜が日常でした。ビジネススクールでの徹夜はテスト前だけですし、そのテストの結果が悪くても影響があるのは、自分だけ。

ビジネススクールで学ぶ内容も、それほどたいしたものだとは感じませんでした。『Personal MBA』の言う通り、これは個人で学べる分野だなと思います。知識だけを得ようと思うなら、ビジネススクールに行く必要はありません。
それに、得られた知識は、得たその瞬間から陳腐化が始まります。ビジネススクールで学んで終わり、ではなく、そこからさらに学び続けることが求められます。

マーケティングやファイナンスなどのスキルは、ビジネスをしていく上で必須です。だから、ビジネススクールのカリキュラムにはそういったスキルが効率よく取得できるように構成されています。しかし、そうした知識を仕事で活用するためには、そこからさらに深く学んでいく必要があるのです。

ビジネススクール在学中には、インターンとして一時期シリコンバレーにも滞在しました。そこでは、日本では出会わないようなベンチャー企業の人々と交流する機会があり、彼らのメンタリティの違いに、衝撃を受けました。長時間労働をしても、なかなか成果が上がらない閉塞感ある日本の職場と比べて、新しいものをゼロからつくり出す創造的な雰囲気に満ち溢れていました。そしてなにより、仕事そのものを楽しんでいる。

ビジネススクールは入口でしかありません。ビジネススクールで受けた刺激をどう活かすか、そこからが勝負でしょう。

過去を分析する思考と、未来をつくる思考

過去を分析する思考と、未来をつくる思考

僕が留学中のビジネススクールは、ちょうど岐路に立たされていました。これまでの過去を分析して経営に活かす論理思考のアプローチから、これまでにない未来をつくっていくデザイン思考へのパラダイムシフトにあったのです。

事前に、できるだけ綿密に未来を計画するというこれまでのビジネススクールの根幹となる戦略思考は、現在のような不確実性に富んだ世界では、必ずしも有効ではありません。新規事業などでは特に、日々刻々と変化する状況へ対応する柔軟性が求められます。限られた情報を元に、瞬時に意思決定していくためには、論理思考だけでは立ちゆかないのです。
こうした不確実性の時代に対応するために、デザイン思考をどう取り込んでいくか。これは、『Personal MBA』のまえがきで三ツ松さんも書いている通り、現在のビジネススクールが試行錯誤しているところなのです。

僕が翻訳を担当した『ビジネスモデル・ジェネレーション』(アレックス・オスターワルダー/イヴ・ピニュール、翔泳社)はデザイン思考の最たるものです。例えば、この本で紹介されている「ビジネスモデル・キャンバス」というフレームワークの中には、「競合他社」という概念がありません。ここにあるのは、他社や顧客との共創であり、競合他社との競争ではないのです。これは、これまで戦略の基本とされてきたポーターの競争戦略から、完全に新しいパラダイムへと移行しています。
今までにない価値をつくるためには、ライバルとなるのは他社ではなく過去の自分と業界なんです。

こうした大きなパラダイムシフトは、およそ10年ごとに起こっています。こうした進化に対応するためにも、ビジネススクール卒業後のアップデートが重要になってくるのです。

深さを伴った知識を身につける

深さを伴った知識を身につける

ビジネススクールでは、グループディスカッションを通じて、知識を深めていきます。他人と議論することを通じて、形式的な知識を血肉化していこうとするのです。
これは、別の言い方をすれば、<リアリティ>と<アクチュアリティ>の違いです。前者は、客観的に認識できる表層的な現実、後者はより主観的な、感情的なものも含んだ深層で起こっている現実を指します。

読書でいえば、ただ○○冊読んだ、どういう情報を知った、というのは<リアリティ>ですが、そこからどんな感動を得たのかというのは<アクチュアリティ>になります。

速読が流行していますが、これは<リアリティ>の読書です。「1時間かかるものを目で追い3分で終わらせて数をこなす」というのでは、<アクチュアリティ>は立ち上がってこない。1冊の本としっかり向き合い、著者の思考の跡をたどり、そこから感情が湧き起こるような<アクチュアリティ>を伴う読書であれば、実力になっていきます。1、2時間の短時間で読んだ本の知識は、せいぜい数カ月の使い捨てです。
しかし長時間かけてじっくり読み込んだ本から得られた体験は、時間を超越して役立ちます。楽器と同じで、時間をかけた分だけうまくなる。時間は裏切りません。

だから、『Personal MBA』で紹介されている本を読むなら、できる限り時間をかけて読んだ方がいい。速読なんてもってのほかです。例えばドラッカーなら、オーストリア学派の大陸系の観念論の人で、ユダヤの迫害を受けて渡米した、という文脈まで読み込むべきでしょう。著者を単に「経営学者」として見るのか、「迫害を逃れて渡米してきたユダヤ系オーストリア人」として見るのかは、まったく異なる読書体験をもたらします。読書の深みを得ていくことになります。

僕は、効率よく仕事をして生産性を上げるための工夫である「ライフハック」をテーマにした本を複数執筆しています。ハックにもまた、<リアリティ>と<アクチュアリティ>があります。
具体的なテクニックによる効率化はあくまで<リアリティ>の範疇ですが、そのテクニックを使うことによって変わる、仕事への意識や認識は<アクチュアリティ>です。

ライフハックは、単なる効率化のテクニックのように思われがちですが、それにより認識を変えていく<アクチュアリティ>を目指したものなのです。

時間をかける「根気」をもって、「良書」を読む

時間をかける「根気」をもって、「良書」を読む

情報量という<リアリティ>だけでなく、内面的な深みのある<アクチュアリティ>を求めるには、時間をかけなければなりません。時間をかけて本に向き合うなら、膨大な数がある本の中で、何を読むべきなのか、しっかり吟味したいところです。これはどうやって選べばいいのでしょうか。

まず、確実に言えることは、内容が「よく分かる」と感じられる本は、読むだけ無駄だということです。学びたいと思ったことがそのまま書いてあったような本は二度と読まなくていい本でしょう。そこには、新しい学びの機会はありません。

人はつい、自分が思ったことが書いてある本を良い本と考えがちです。「やはりそうなのか」と自分の意見や考えについての賛同者を得た気分になるからです。
しかし、そうした読書で得られるのは、自分の考えに固執する気持ちです。学んでいるようでいて、学びを拒んでいるのです。自分の頭の中を代弁してくれる本にただ同調するのは、「悪い成熟」をしていくことになります。
それよりも、何を言っているのか分からないけれどもなぜか惹かれる本と、じっくりと向き合う方が、自分にとっての糧になります。そのひとつが、古典となっている本です。

古典には、よく読んでいくと相反することが書かれています。「切ないけれど、心穏やかである」とか「心楽しいけど、どこか悲しい気持ちになる」といったアンビバレントな感情が含まれています。そこに人は、心惹かれるのです。優れた芸術というのは、そうしたアンビバレントな要素を必ず含んでいます。

僕の場合、自分の糧になった本のひとつに『最後の親鸞』(吉本隆明、筑摩書房)というものがあります。この本で僕が、ほんとうに理解できた部分は、おそらくわずかなものでしょう。しかし、親鸞が苦悩の末行き着いた思想と、僕の関心分野が、どこかでつながっているという確信を得ました。「よく分からなくても、読むことをやめられない」という本が、存在するのです。

そして、こうした自分の理解力を超えた優れた本にじっくりと向きあう。こういった時間をかけないと達成できないものに取り組む「根気」は、絶対に必要です。本当に大切なものは短期間では学べません。未知の壁を越えてこそ手に入れられるのです。

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プロフィール

小山龍介(こやま・りゅうすけ)

1975年福岡県生まれ。京都大学文学部哲学科美術史卒業後、大手広告代理店勤務を経て、サンダーバード国際経営大学院でMBAを取得。帰国後は松竹株式会社で歌舞伎をテーマに新規事業立ち上げなどプロデューサーとして活躍の後、午堂登紀雄氏と株式会社ブルームコンセプトを設立。HACKS!ノートをはじめとした新商品開発や、新規事業プロデュースを手掛ける一方、講演・セミナー・企業研修を多数行っている。主な著書に、『IDEA HACKS!』『TIME HACKS!』『整理HACKS!』(いずれも東洋経済新報社)、訳書に、『ビジネスモデル・ジェネレーション』(翔泳社)などがある。

小山龍介(こやま・りゅうすけ)

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Personal MBA

Personal MBA

ジョシュ・カウフマン
三ツ松 新 監訳
渡部典子 訳

A5判変形 並製 本文488頁

本体価格2,600円+税

ISBN:978-4-86276-135-4 C0034

2012年8月10日発売
(地域によって多少差があります)

  • Amazon.co.jp
  • 英治出版オンラインストア
目次 THE HUMAN MIND
第7章 人の心を理解する
監訳者まえがき 「自己教育」の時代(三ツ松新) WORKING WITH YOURSELF
第8章 自分と上手につきあう
WHY READ THIS BOOK?
第1章 本書を読む理由
WORKING WITH OTHERS
第9章 他の人とうまく協業する
VALUE CREATION
第2章 価値創造
UNDERSTANDING SYSTEMS
第10章 システムを理解する
MARKETING
第3章 マーケティング
ANALYZING SYSTEMS
第11章 システムを分析する
SALES
第4章 販売
IMPROVING SYSTEMS
第12章 システムを改善する
VALUE DELIVERY
第5章 価値提供
訳者あとがき
FINANCE
第6章 ファイナンス
付録
学び続ける人の厳選ビジネス書99
  • インタビュー 識者が語るPersonalMBA 土井英司
  • インタビュー 識者が語るPersonalMBA 小山龍介
  • インタビュー 識者が語るPersonalMBA 三ツ松新
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