第3回『亡命』


世界第2位の経済大国になった現代中国。故郷を追われ、異国の地で不自由な生活を強いられている亡命者たちにとって、この国はどのように見えるのだろう?

公式サイトはこちら http://www.exile2010.asia/jp/

※9月29日(土)から10月5日(金)までオーディトリウム渋谷で上映されます。

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1989年を覚えていますか?

人間は、いい意味でも悪い意味でも、忘れっぽい。

いつまでも過去のことにこだわっていては前に進めないから、「水に流す」という能動的な忘却も含めて、それは人が生きる上で必要な資質なのかもしれません。

天安門事件のことを鮮明に覚えている人はもう少ないかもしれません。

事件から23年経った今年の6月4日は、オウムによる地下鉄サリン事件で指名手配を受け、逃亡中だった菊地直子容疑者の逮捕で世の中が騒然となり、マスコミ報道は菊地逮捕一色、天安門事件のニュースはかき消されてしまいました。

1989年の事件発生当時、私はテレビ局でニュース番組のニュースキャスターをしていました。日曜日だったその日、週末のニュース担当だった私は、事件の第一報を伝えました。戦車の列の前に立ちふさがって抗議した男性の映像や、軍が民衆に向かって発砲するさまを、今でも鮮烈に覚えています。

天安門で指導的な役割を担った中国の人権活動家・劉暁波(りゅう・ぎょう/リュウ・シャオボー)氏は中国の監獄 にいます。彼は2010年、獄中でノーベル平和賞を受賞しました。拘束中の活動家が同賞を受賞するのは、1991年のミャンマーのアウンサンスーチー氏 (自宅軟禁中)以来のことでした。

劉氏は、獄中で「この受賞は天安門で犠牲になった人々の魂に対して贈られたものだ」と涙を流したと報じられています。

いまだ相次ぐ亡命

そして、今年5月には自宅軟禁中の盲目の活動家、陳光誠氏が北京のアメリカ大使館に逃げ込みました。対応は二転三転しましたが、最終的にはアメリカに亡命する(表向きは病気治療のため)ことになりました。

今年に入ってからは、前重慶市トップ・薄熙来氏の腹心であった王立軍・前公安局長もアメリカ総領事館に駆け込みました(こちらは亡命が受け入れられずに、中国当局に逮捕されています)。

当時、私は「中国での人気不動産はアメリカ大使館・領事館が近い物件」というブラック・ジョークを耳にしたぐらいです。

さて、前述の陳光誠氏が行き着いた先はニューヨーク。

私がアメリカ留学していたときに滞在した街もニューヨークでした。

大学院では「天安門でのハンガーストライキに参加した」という女性と友人になりました。当時、彼女を誘って『天安門 The Gate of Heavenly Peace』(DVDは廃盤)というドキュメンタリー映画を観に行きました。チャイナタウン近くの小さな映画館を出るとき、食事では大きな笑顔を見せていた彼女が、涙していたのをよく覚えています。

「私は運動を捨ててこうして留学しているけれど、王丹みたいに中国に残りながら民主化活動している人のことを考えると、何とも言えなくて」という彼女の姿を見て、私の中に「王丹(おう・たん/ワン・ダン)」という名前がしっかり刻まれました。

王丹さんの来日と『亡命』

その王丹さんが、この7月に初来日しました。

北京大学で歴史学を専攻していた彼は学生リーダーの筆頭格で、事件後2度有罪判決を受け、計6年間獄中で過ごしました。1998年の2度目の釈放後、彼は中国に留まって活動することを諦め、アメリカに亡命しました。ハーバード大学で歴史学を研究して博士号を取得。

彼が登場するドキュメンタリー映画『亡命』の特別上映会に合わせ、アムネスティ・インターナショナル日本の招きを受けてアメリカから訪日したのです(亡命者ゆえ、日本政府からビザが出るかどうか最後までハラハラさせられたそうです)。

初来日とあって、7月4日に東京・有楽町の外国特派員協会で開かれた記者会見にはあふれんばかりの記者が集まり、日本の中国政情に対する関心の高さをうかがわせました。

2日後の『亡命』特別上映会も満席。天安門事件23周年当日の報道ぶりが貧相だったことを知っていた私は、「忘れられてはいなかった!」と心強く思いました。

王丹さんは「中国共産党の腐敗や抑圧体制は、一般市民のあいだに不公平感や不安定感を生んでいます。ネットがこれだけ発達したいま、社会の歪みについての情報を抑えこむことはできません」「中国の経済発展だけでなく、民主化の必要性と一党支配の弊害に目を向けてほしい」と強く訴えました。

目覚ましい経済発展のさなかにある中国では、格差も大きくなってきています。そして、そのひずみに立ち向かう活動家たちへの弾圧も厳しさを増しています。

王丹さんが繰り返し語っていたのが、市民の力、特にインターネットを使いこなす「若い世代」に希望があるということでした。中国政府がいかにネットに規制を加えても、若者はそれを乗り越える知恵を持っているのだ、と。

経済力を付けた中国人は本当に幸せか?

来日された王丹さんに個別にお話をうかがう機会がありました。

 

映画「亡命」(製作:シグロ)より王丹氏

 

彼は「家族にこれ以上迷惑を掛けられない」と考え、国を出たそうです。

「ご両親がまだ元気なうちに中国に帰ることができるといいですね」と話を向けると、しばらく間を置いてから「そうなると信じています」と静かに答えてくれました。

私が「お金持ちの中国人観光客たちがここ(外国特派員協会)から目と鼻の先の銀座を闊歩していることをどう思いますかと?」と尋ねたところ、「彼らは物質的には豊かでしょうが、精神的には僕の方がはるかに豊かでしょう」と苦笑いし、「中国人は、本当は幸せでなくても、自分を欺くことに長けているんですよ」と続けました。

亡命作家の国への思い

『亡命』は、日本在住の中国人、翰光(ハン・ガン)監督のドキュメンタリー作品。

王丹さんや、2000年にノーベル文学賞を受賞した高行健(ガオ・コウケン)氏をはじめ、アメリカやヨーロッパに逃れた中国の知識人・活動家らを支える思想と彼らの故郷への想いをつづったドキュメンタリーです。自主上映によって公開され、DVDにもなっています。

映画には、『古井戸』(張藝謀〈チャン・イーモウ〉監督で映画化されました)や『楓』などの作品で知られる著名な作家、鄭義(ジェン・イー)氏がアメリカのワシントンで家族とひっそりと暮らす姿も紹介されます。

映画「亡命」(製作:シグロ)より鄭義氏

 

鄭義氏は、「私の身体はアメリカにあっても、魂は中国にある」と語り、あまり英語を話すことなく、ひたすら中国語で執筆活動を続けています。しかし、彼の作品が中国国内で刊行されることはありません。国外に逃れた彼らが行使できる影響力には、限りがあるのです。

中国と言論の自由

一人のジャーナリストとして、中国の人々が「言論の自由」を享受できる日が来ることを願ってやみません。

いまや世界第2位の経済大国となった国が、異なる意見に対して聞く耳を持たないのであれば、それは近所に暮らす私たち日本人にとっても、恐ろしいことだと思うのです。

 

 


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