第23回 『しわ』


高齢化と認知症は、誰もが「自分事」として捉えざるを得ない、世界共通の課題。無関心ではいられないけれども、なかなか直視できないこのテーマを、セルアニメという温かい表現法を用いた本作は、ユーモアとファンタジーを交えて描き、立ち向かう勇気を与えてくれる。

6月22日より全国で順次公開中

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認知症と生きる

65歳以上のおよそ7人に1人は認知症で、その数は462万人。

政府の新しい推計が先日発表になり、これまでの推計の1.5倍にあたる数に衝撃が走りました。かく言う私にも認知症の家族がいます。

さらに今回の発表では、認知症予備軍はおよそ400万人。「ピンピンコロリ」という、死ぬまで元気でポックリ逝くことを願う言葉がありますが、それは実は贅沢な願いで実際はなかなか難しいことを、これらの数字は示しています。私自身すっかり物忘れがひどくなり、以前は難なくできていたことがめっきりできなくなり、自分自身の「老い」に気づかされることが増えてきました。

在宅介護か施設に入るか、どんな暮らしを望むのか、家族にどれだけ負担を強いるのか、家族がいない場合はどうするのか。

認知症の人と家族を取り巻く重い課題は、誰もが避けて通れない現実です。

そんな折、昨年の教育番組の世界的コンクールの「日本賞」のグランプリ作品受賞で話題になった『しわ』が日本で劇場公開されると聞き(しかも、世界の優れたアニメーションをセレクトした「三鷹の森ジブリ美術館ライブラリー」作品として!)、ぜひ取り上げたいと思いました。

本作は、スペインのマンガ家、パコ・ロカによる『』(小野耕世、高木菜々訳、小学館集英社プロダクション)原作にした作品です。

©2011 Perro Verde Films - Cromosoma,S.A.

老人たちはしわに刻まれた思い出の中で生きる

あらすじをご紹介しましょう。

かつて銀行に勤めていたエミリオは認知症で在宅では暮らせなくなり、養護老人施設に入ります。同じ部屋になったのは、お金にうるさく、抜け目のないミゲル。

その他にも、自分の言葉を失い、他人の言葉をおうむ返しすることしかできなくなった元DJのラモン、アルツハイマーが進行して身の回りのことができなくなったモデストと、モデストの世話のために一緒に入所している妻のドローレス、毎日家族に連絡したいと電話を探して回って歩き続けているソル、イスタンブール行きのオリエント急行に乗っている妄想の中で生きているロサリオなど、様々な思い出の中で生きる老人たちが一緒です。

©2011 Perro Verde Films - Cromosoma,S.A.

その老人たちも、症状が進み、完全介護が必要になると「2階」に移されます。

「2階」からは時折老人たちの叫び声が聞こえ、「2階送り」は入所者から恐れられています。たまたま2階の世界を見てしまったエミリオは、その阿鼻叫喚ぶりに愕然とします。

そんなある日、モデストと薬を間違えられたことで、自分もアルツハイマーだと気づいたエミリオは、そのショックで症状が悪化します。ミゲルは「2階送り」もそう遠くなくなったエミリオを思い、ある行動に出るのです……。

自分をだまし続けるか、現実と向き合うか

個人主義的な考えが優先される欧米では老後に施設に入ることは珍しくありませんが、ヨーロッパでも南部のスペインでは大家族主義的な考え方がまだ色濃く、介護を巡る状況はアジアに近いかもしれません。

銀行マンとして生きてきたエミリオはプライドが高く、自らの老いのきしみをなかなか受け止められません。生涯独身で自由気ままに暮らしてきたルームメートのミゲルは、エミリオより達観している様子。自分の「2階送り」が決まったときに自ら命を絶つことができるよう密かに薬をため込み、「道は2つ。自分をだまし続けるか、現実と向き合うかだ」と語ります。

©2011 Perro Verde Films - Cromosoma,S.A.

それぞれに家庭事情と症状を抱える老人たちは、和気あいあいとやっているようでも、それ以上は立ち入らないラインをもっているようです。エミリオとミゲルにもわだかまりがありましたが、エミリオの危機的状況を境に「戦友」のようになっていきます。

施設での暮らしに当惑するエミリオですが、「自分らしく」、生き生きと描かれるシーンがあります。所内のプールでかくしゃくと泳ぎ、「1年後はわからんが、今は生きている。好きなことをやらせてほしい」と毅然と言い放つのです。

これを見て、私も老いを迎えるにあたって、大好き、楽しいと思えることを一つでも多くもっておきたい、と感じました。

アニメーションの可能性

「今日の老人、明日の老人、すべての人に捧げる」――エンディングに記されたこの言葉が刺さります。国境を越えた、普遍的なテーマを扱った作品であることの証でしょう。

やわらかい質感のセルアニメの世界は、老人の尊厳を大切にしながら、一人ひとりの苦悩や当惑、寂しさと悲しみを、「問題」ではなく、「個人の姿」として浮かび上がらせます。直視するにはあまりにも厳しい現実を人々に寄り添って描くにあたって、アニメーションがもつ可能性を改めて感じさせます。

少しは自分のしわを愛せるかしら――、そんな気持ちにもさせてくれる作品です。

©2011 Perro Verde Films - Cromosoma,S.A.

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