第20回 『飯舘村 放射能と帰村』


原発から30キロ以上も離れていながら、風向きと降雨などによって放射能に汚染され、「全村避難」を余儀なくされた福島県相馬郡・飯舘村。あれから2年。「帰りたい、でも帰れないのでは? ではどうするのか?」という問いの前に、村を追われた人々は悩む。故郷を失った人々を取り巻くのは、権力を持った組織と人々に対する圧倒的な不信感だ。その疑問は、あたかもすべてを解決するかのように語られる「除染」に対しても投げかけられる。

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飯舘村の家族たちの故郷探し

私は、紛争や人権侵害で故郷を追われた難民たちに寄り添って援助活動をした経験があります。避難生活を支える活動にも苦労しましたが、最も歯がゆさを感じたのは「彼らの将来をどうするのか」という問いです。

「人々から故郷を奪った紛争に完璧な和平が訪れてハッピー・エンド」ということはまずあり得ません。難民一人ひとりが不完全な選択肢に向かい合って悩み、納得し、将来を選び取っていくしかないのです。

それは新たな土地で再出発することかもしれませんし、故郷に帰る日をじっと待つことかもしれませんし、見切り発車して帰ることかもしれません。

よりよい選択肢が生まれるよう、国連機関として紛争当事者や関係諸国などに働きかけましたが、自分たちの非力さを痛感させられるばかり。交渉の進捗や故郷の置かれた状況について情報提供するのが精いっぱい、ということも多くありました。難民たちは、まさに「宙ぶらりん」という状態でした。

 

ドキュメンタリー映画『飯舘村 放射能と帰村』のチラシのコピーを見て、ハッと胸を突かれました。

私は故郷の村へ帰れますか?
村で子どもたちと安心して暮らせますか?
もし帰れなければ、どこに“故郷”を探せばいいですか?

これはまさしく難民援助の現場で私自身がいつも突き付けられていた問いかけだったのです。

©Takashi MORIZUMI

 

「日本の中のパレスチナ」飯舘村

監督の土井敏邦さんは、このコラム連載第17回でご紹介した『異国に生きる 日本の中のビルマ人』の監督でもあり、30年近くパレスチナを追い続けたジャーナリストでもあります。

3・11という未曽有の大惨事を受け、土井さんは「故郷と土地を奪われたパレスチナ人のことを伝え続けてきた私がやるべきことは、大震災で故郷と土地を奪われた人たちの“痛み”を伝えること」と考え、パレスチナ同様に人が起こした災い(原発事故)によって故郷を追われた飯舘村の人々に寄り添いながら、彼らの苦悩を追ってきました。

土井監督とトークセッションでお話をする機会がありましたが、難民の姿と東北の人々の姿がだぶる私にとって、深く共感する視点の持ち主です。

故郷とは、家族とは何かを問いかける

飯舘村は原発から30キロ以上離れていますが、風向きなどの条件から放射能に汚染されたエリアです。

政府が村に全村避難を指示したのは事故から1カ月以上経ってからで、人々は日常生活を突然奪われる痛みに苦しむとともに、「幼い子どもなどに被曝させてしまったのではないか」という不安に苛まれます。

土井監督は、政府や東電に振り回される飯舘村の二組の酪農家一家の姿を追うことで、「放射能に汚染された村に人々は帰れるのか」というテーマに迫ります。

村を追われた酪農一家、志賀家の老夫妻は息子夫婦と離れ、村から数十キロ離れた町で2人暮らし。75歳の父親は、村民自ら集落を警備して回る「見まもり隊」の仕事に出て当座の生活費を稼ぎます。息子は、コンクリート工場に就職したものの、酪農の道を諦めきれないでもどかしさを感じています。

©Doi Toshikuni
©Doi Toshikuni
©Doi Toshikuni

 

四世代で暮らしてきた長谷川一家も、両親は福島市近郊の仮設住宅に、長男一家は山形に移って暮らします。
線量の高い村で子どもを育てられないと、長男は別の場所で牧場を持つことが夢です。
親の世代と将来の方向性は重ならず、一度離散した家族がまた一緒になることの難しさが浮かび上がります。

若い親は子どもの被曝を心配して帰村を断念しはじめています。
年配者も望郷の念に駆られるものの、農業もできず、子どもも孫もいない村に帰るのかと葛藤します。

 

©Doi Toshikuni

他方、政府や地方自治体の関係者たちは、莫大な費用(飯舘村だけで3000億円以上)をかけ、「除染、除染」の大号令。

その姿は、放射能汚染で地域社会が丸ごとなくなるかもしれないことを直視せず、この問題に除染によってフタをするかのよう。そして、土井監督は、除染という手法そのものの有効性に疑問を呈するだけでなく、そこに土木関係者による利益共同体としての「除染ムラ」ができた、と厳しく指摘します。

映像は、住民との意見交換会で説明に立つ官僚の言葉が、人々の苦悩に対してあまりにも空疎であることを残酷なまでにあぶりだします。

人々の健康や安全よりも為政者の都合を優先する彼らの説明は、村の人々の苦しみや不安に対してまったく答えません。

心までも汚染された、という悲痛な叫び

「心が汚染された」

為政者たちや東電への圧倒的な不信感を称して、主人公の一人が絞り出すように口にした言葉が深く胸に突き刺さります。

©Doi Toshikuni

農地や住宅の汚染以上に、大きく尊厳が傷つけられた。そのやり場のない怒りを人々はどう乗り越えていくのでしょうか。その言葉は日常の雑事に追われて震災と原発事故を忘れがちな私たち一人ひとりに向けられたものだ、とも感じました。
 
人々の苦しみは現在進行形です。そして、私たちの税金で講じられる対策ならば、人々のこれからの暮らしに本当に意味のあるものでなくてはなりません。
 
原発事故で故郷を追われた人々の存在を風化させないことから、私たち一人ひとりにできることを考えていこう――。そうした気持ちにさせてくれる作品です。

かつて世界各地で出会った故郷を追われた人が私に教えてくれたことは、「途方もなく長い『宙ぶらりん』であっても、人はそれを乗り越える勇気とすべを見出せる」ということでした。

たとえ時間がかかったとしても。


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