第17回 『異国に生きる 日本の中のビルマ人』&『海と大陸』


祖国ミャンマー(ビルマ)の民主化を願って遠い日本で生きる活動家。アフリカの難民を満載した小舟を前に、溺れる人を助けるべきかどうか苦悶するイタリア人青年。2つの映画が描く、究極の選択を迫られた人々の生きざまが鏡となって、私たちは私たち自身の姿を考えざるを得ない。

『異国に生きる 日本の中のビルマ人』公開中 監督のサイトはこちら

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『海と大陸』 第68回ヴェネチア国際映画祭審査員特別賞、4月6日より岩波ホールにてロードショー 公式サイトはこちら

究極の選択で、人となりが如実になる

日本とイタリア。作られた場所は異なるものの、「難民」を描いた力作映画に出会ってしまい、これは難民をライフワークとする私としては書かずにはいられません。
ということで、今回は2本ご紹介したいと思います。

どちらも「自分は何のために生きるのか」と悩み苦しむ若者が主人公です。

まずは、『異国に生きる 日本の中のビルマ人』

(c)Masaya NODA

1992年、ミャンマー軍事政権の弾圧を逃れて、妻と家族を祖国に残して単身日本に渡るという選択をしたミャンマー人青年のチョウさんという主人公を、14年間にわたって追い続けた記録です。

チョウさんはミャンマーを逃れて安全は手にしたものの、生きるためにレストランで働きながら、東京を拠点に民主化運動を続ける毎日。数年後にやっと難民認定が下りて難民渡航証明書が発給され、妻ヌエさんとの再会が叶います。

(c)Doi Toshikuni

ヌエさんの来日で二人一緒の亡命生活が始まり、ともに経営するようになったミャンマー料理店は、ミャンマー人コミュニティーの憩いの場になっています。しかし、母の死に目には会えず、年老いた父とは第三国のタイで14年ぶりに感動の再会を果たすものの、その後の訃報に際して帰国することはできませんでした。また、異国での民主化運動にも終わりは見えません。

自分は何のために、誰のために生きるのか

日本での滞在は20年を超え、生活に慣れてはきましたが、チョウさんにとって日本は所詮異国であり、「帰りたい」という気持ちは少しも変わることはありません。

それでも彼は「家族に会いたい」「祖国で暮らしたい」という思いを断ち切って、祖国の民主化運動のために献身的に活動します。

お金を儲けるだけの生活には満足できない。

祖国のため、祖国の人々のため、社会のために自分はある―。チョウさんはそう語ります。自分の進むべき道についてよほどの信念がなければ、こうした厳しい環境の中で自分を支え続けることはできないはず。社会と個人との距離の近さとその関係の濃密さは、私たち日本人にも、自身のあり方を問いかける迫力があります。

日本は難民たちの思いに応えているか

自分や家族の幸せを後回しにして、故国の将来のため、ふるさとの人々の幸せのため、社会のためを第一に考えるチョウさんは、東日本大震災が起こったときには、「今度は私たちが日本に恩返しする番だ」とミャンマー人の有志を募って被災地に向かいました。

「困っている人がいれば助けるのは当然のこと」と語ります。

映画は、日本の難民認定行政の閉鎖性も浮き彫りにします。

祖国を逃れて政治活動を続けるだけでも大変なことなのに、難民認定審査を司る入国管理局の厚い壁と非情な扱いに耐え、不当な収容にもめげない精神力を持ち合わせることが求められます。日本という国は、難民たちの日本に寄せる思いに十分に応えているだろうか、と考えざるを得ません。

アウンサンスーチー氏の来日もあり、ミャンマーの民主化に光が当たりますが、その裏には、チョウのような活動家たちのたゆまぬ努力の積み重ねがあることを忘れてはならないでしょう。

(c)Doi Toshikuni

アフリカ難民を満載した密航船の襲来を受けるイタリア

さて、もう1つご紹介するイタリア映画『海と大陸』は、シチリア島の南方の小島、リノーサ島が舞台。

2011年のリビア危機などでは、北アフリカから安全を求めてイタリアなどヨーロッパに向けて地中海を渡ろうとする密航船が難破し、多くの人々が犠牲になりました。ヨーロッパ評議会によると、2011年だけで2000人もの人々が地中海で亡くなり、このイタリアが直面する大きな社会問題が重要なモチーフとなっています。

©2011 CATTLEYA SRL・BABE FILMS SAS・FRANCE 2 CINÉMA

かつてリノーサ島を支えた漁業はすたれ、人々の生活も夏の観光業を中心に変わろうとしています。父を海で亡くした20歳のフィリッポは、漁師を続けようとする祖父、観光業に転じた叔父、本土で新しい生活を始めたいという気持ちを持つ母との間で心が揺れ、将来の設計図を描けずにいます。

そんなある日、漁に出ていたフィリッポと祖父は、アフリカから難民たちが密航する小舟に遭遇。「当局に通報するだけで、舟には近づくな」という当局からの指導にもかかわらず、「溺れる人は助ける」という海の掟を重んじる祖父は溺れる人々を助けるのです。
その中には、エチオピアからリビア経由で逃げてきたサラとその息子のふたりもいました。

©2011 CATTLEYA SRL・BABE FILMS SAS・FRANCE 2 CINÉMA

フィリッポの一家は身重のサラを家にかくまい、出産までも手伝いますが、この人間として尊い行いが不法入国を手助けした疑いがあるとして、波乱を呼ぶことになってしまうのです。
圧政を逃れて海を渡ってきた母子を前に、将来の見えない生活に不安を抱えるフィリッポの一家は、葛藤しながら一体どんな「人間らしい」選択をするのでしょうか?

2009年夏に同じくシチリア南方のランペドゥーサ島に80人の難民を乗せたボートが漂着した際、たった3人の生存者のうちのひとりが難民サラの役を演じ、映画にずしりと重いリアリティを生み出しています。

「北」と「南」がぶつかり合う場所としての地中海

この映画でも、人間らしくありたいと願う人々の姿とは対照的に、溺れる人々を前に「何もするな」と命じる官憲の非情さが際立ちます。溺れて浜辺に打ち上げられた人に水を与え、救急処置を施そうとする人々をも官憲は引きはがそうとします。

アフリカから無数の筏が流れ着くという構造問題に、一人を助けたからと言って問題の解決にはならないという現実もあります。ましてや島の主な産業は観光。イメージダウンを恐れる意見も噴出し、島は分断してしまいます。

そして、沈んでしまうぐらいにアフリカの人々をいっぱいに載せた小舟と、リゾート気分で浮かれ騒ぐ観光客で溢れかえるレジャーボートとの対比は、この映画で最も印象的なシーンでしょう。
地中海は、北の「持てる人々」と南の「持たざる人々」とがぶつかり合う場所でもあり、リノーサ島は、その最前線と言えるでしょう。

©2011 CATTLEYA SRL・BABE FILMS SAS・FRANCE 2 CINÉMA

 

葛藤を通じて、青年は成長する

実は私はUNHCR職員時代に、安全を求めて逃げてきた人々をかくまった経験があります。組織の規則には反する行為でしたが、怯える人をみすみす追い返すことができず、規則の前に葛藤しながら受け入れたのたのでした。
幸い「出口」を見付けて取りあえずの解決に結びつけることができ、彼らの「隠れ家生活」は2日で終わりましたが、もしあの時、規則を盾に追い返していたら、自分はどんな気持ちに追いやられただろうか、と思わずにはいられません。

映画の主人公のフィリッポが難民を乗せた小舟との遭遇をきっかけに現実を突き付けられ、悶え苦しみ抜きながら自分らしい決断を下すに至るまでの心理描写が素晴らしいと思いました。こうした究極の選択をする体験を通じて、青年は大人へと成長するのでしょう。

極限状態に置かれた人々の姿を描く『異国に生きる』、『海と大陸』、

「自分だったらどんな選択をしただろうか」と考えながらご覧ください!


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