第14回 『故郷よ』


チェルノブイリ原発事故に運命を翻弄された人々の姿を描く本作は、原発近くの立ち入り規制区域内「ゾーン」で撮影された初の劇映画。それぞれに現実と向かい合う人々の姿が、福島の原発事故からもうすぐ2年が経とうとする日本の私たちの心に突き刺さる。

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震災から2年、今を生きる私たちへのヒント

もうすぐ、あの東日本大震災から2年になろうとしています。

「もう2年」と考えるか、「まだ2年」と見るか、時間軸の取り方で感じ方も違うでしょう。

ただ、いまだに30万人を超える人々が避難生活を余儀なくされていることを考えると、長期戦への心構えを持たなければいけないのだろうと思います。

私は紛争や迫害という人災を理由に国を追われた難民たちに寄り添って支援活動をしてきましたが、世界的に見て、彼らの避難生活は平均17年にも及びます。

自然災害による避難とを単純比較することはできませんが、慣れない生活を送る人たちにも支援する側にも持久力が大切だと戒められます。

この春公開になる映画『故郷よ』は、1986年に起きたチェルノブイリ原発事故の10年後を舞台に、事故に運命を翻弄させられた人々の苦しみとたくましさ、そしてふるさとへの想いを描きます。

©2011 Les Films du Poissons

いろいろな意味で、見通しの利きにくくなった時代を生きる日本の私たちにとってヒントに富んだフィクションです。

チェルノブイリ原発事故後の現実に向き合う人々

映画のあらすじをご紹介しましょう。

1986年4月26日、チェルノブイリ原発から3キロのプリチャピの町ではアーニャとピョートルの結婚式が行われていました。

まさにその最中、消防士であるピョートルは「山火事の消火活動」という名目で借り出されます。そして、アーニャはピョートルと二度と再会することなく、彼を失うことになってしまいます。

10年後。

「私たちが去ったら誰が過去を語り継ぐの?」という強い気持ちで、アーニャは観光名所となったプリチャピの廃墟の町を案内するガイドとなっていました。

本作は、アーニャのストーリーを軸にしながら、原発事故後の現実とそれぞれに向き合う人々の姿を映し出す群像劇にもなっています。

事故の重大さに良心の呵責に苛まされ、心が壊れてしまったプリチャピの原発技師・アレクセイ。アレクセイは妻と子どもは脱出させたものの自分は任務のために町に留まり、その息子のヴァレリーは生き別れになった父を求めます。

©2011 Les Films du Poissons

そして、事故後も頑なに自宅を離れずにゾーン内に住み続け、汚染された土地を耕し続ける森林管理人ニコライ。

彼らの物語が交錯します。

映画の世界と日本の現実がクロスする

平和だったプリピャチの人々の日常が一変した事故当日の出来事や、危機の真実について何も知らされずに「黒い雨」に身をさらしてしまい、その後避難を余儀なくされた住民たち。

彼らを覆い尽くす不安が、福島の原発事故に翻弄された人々の姿とだぶって見えます。

主役のアーニャを演じるのは、ウクライナ出身の国際派女優のオルガ・キュリレンコ。

©2011 Les Films du Poissons

『007 慰めの報酬』でボンドガールに抜擢されています。キュリレンコ自身がこの映画への出演を強く希望し、オーディションを受けてこの主役の座を射止めました。

キュリレンコのハッとするほどの美しさのおかげで、ガンに蝕まれて髪を失ってもなお、かつらを被って観光客に事故当時の出来事を語り継ぐ未亡人アーニャの痛々しさが薄まり、客観的に見ることができます。

事故から10年が経ち、アーニャは、幼馴染の男性と一緒になってプリチャピに留まるべきか、フランス人技師と再婚してフランスに渡るべきかを悩みます。

「留まるべきか、去るべきか」。その苦悩は、東日本大震災で、日本に暮らす多くの人たちにとっても、現実のものとなりました。

 

監督の使命感から生まれた作品

2012年9月、ミハル・ボガニム監督が来日した際、私は直接監督からお話を伺うことができました。

イスラエルで生まれフランスで育ったボガニム監督。

©KaoruNemoto

「母親のルーツのあるウクライナを襲ったチェルノブイリの悲劇を描かずにはいられなかった」と言います。

「チェルノブイリについて多くのドキュメンタリーがつくられていますが、フィクションのテーマとなることはほとんどありません。

私は事故の説明ではなく、体験した人々の内面を描きたいと思いました。

脚本は、当時プリピャチにいた多くの人々を入念に取材して書きました真実を知らされずに、住み慣れた土地から引きはがされた人々のことを、作品にしなければと使命感に駆り立てられました。

と言うのも、私自身、生まれてから世界各地を転々としており、寄る辺がありません。

アーニャには、故郷と呼べる場所がない私自身の姿も投影させました」

人間の非力さ、自然の強大さも、この映画のメッセージです。

事故の後も生活を変えずに一番たくましく生きているのは、皮肉にも自然とともに生きるニコライです。

「彼の姿を通じて、自然が人間よりも強大だということを浮き彫りにしたかった」とボガニム監督は言います。

チェルノブイリ原発から3キロのプリチャピで撮影

ボガニム監督は観光客としてプリチャピを訪れ、「あの日」から止まったままの観覧車の姿が痛々しい風景を見て、「この現実を映像で伝えたい」と強く思った、と言います。

監督はチェルノブイリ原発からたった3キロのこの地で撮影を敢行しました。

当局から撮影許可を得るために、当局の意向に沿う、ダミーの脚本まで用意したそうです。

ロケ隊のメンバーの不安を和らげるために、研究機関に相談し、綿密なスケジュールもつくったと言います。

©2011 Les Films du Poissons

次は喜劇を?

本作を編集中の監督のもとに、東日本大震災、そして福島の原発事故のニュースが飛び込みました。

「自分の映画と同じような映像が現実になっていることに驚愕した」とボガニム監督は言います。監督は2013年1月に完成したこの映画をもって再来日し、福島で先行上映会を行いました。

「起こったことは悲劇ですが、日本はこの問題についてオープンに話し、対処していると思います。だって、わずか1年足らずで”フクシマ”をテーマにした映画がつくられたのですから。ウクライナでは25年かかったのです」

 

私が「次はどんな作品を?」と聞くと、監督の口を突いて出たのはこんな言葉でした。

「この映画を撮るのは本当に大変でした。次は喜劇にでもしようかしら?!」

 


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2 Responses to 第14回 『故郷よ』

  1. 向井雪子 says:

    すばらしい映画でした。
    長年チェルノブイリ子ども基金のメンバーとしてウクライナ、ベラルーシの子どもたちを支援する活動に携わってきました。映画は福島の原発震災が起き、何重にも身につまされる現実となって心に響きました。
    ドラマとドキュメントが混じり合ってリアルにかつ登場者の内面がよく描かれていると思います。一緒に行ったフランス人の友人(日本語がわかるが)は何事に対しても辛口であるが、とてもおもしろかったと言っていました。音楽もすてきだった。

  2. 根本様

    この映画は本当に素晴らしい映画でした。

    映画ではなく、DVDで観たのですが、

    ロシアの大地がとても美しく描かれており、オルガキュリレンコも夫を原発事故で失った悲しい未亡人をうまく演じています。

    映画を観終わってから、かなり時間が経っているのですが、オルガキュリレンコが結婚式で「百万本のバラ」を歌っているシーンが忘れられません。

    ありがとうございました。

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