第9回『ホワイトナイツ/白夜』


東西冷戦時代、「亡命者」は体制に泥を塗った非国民であり、相手側体制にとってはプロパガンダの道具だった。家族や愛する人への迷惑にもかかわらず、祖国を棄てたダンサーが求めた「自由」とは?

*DVD(ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント)

バレエ公演花盛りの今だからこそ、ぜひこの映画を

バレエにまつわる映画を2回連続して取り上げます。

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私は、2012年秋から2013年春にかけてのバレエ・シーズンに、新国立バレエ団のシーズン・チケットを買ってしまったほどのバレエ好きです。

取材がうまく行かなかったり、締め切りを目前にカリカリしていたりしても、劇場でバレエの舞台がはじまると嫌なこともすっと忘れられ、夢の世界に吸い込まれていきます。忙しい現世を忘れたい人が世の中には多いのか、バレエ公演はどれも活況を呈しています。

もう少しバレエ・カンパニーの成り立ちや、バレエ・ダンサーという種族のことを知った上で舞台を鑑賞しようと思い、手にしたのが、東京バレエ団の設立者の佐々木忠次氏の『闘うバレエ』(文春文庫)。文庫本なので、手軽に読めます。

 

その中で、今振り返ると亡命直前だったミハイル・バリシニコフが来日公演を行っていた際に、佐々木氏と意味深な話をしていたことが明らかにされています。

この一節を読んで、バリシニコフのダンスが素晴らしい亡命劇『ホワイトナイツ』のDVDをまた見てしまいました。

冷戦下のアメリカでつくられた、「社会派ダンス映画」

ストーリーはと言うと、自身がソ連を棄ててアメリカに亡命した経験の持ち主のバリシニコフがソ連を亡命したバレエ・ダンサー、ニコライを演じます。

ロンドンから日本に向かう飛行機がシベリアに不時着したことで、ニコライは不本意にも「帰国」してしまい、KGBに見つかってしまいます。

彼の帰国をプロパガンダに使おうとしたKGBはニコライがかつて所属したレニングラード(現・サンクトペテルブルグ)のキーロフ・バレエ団(現・マイリンスキー・バレエ団)のシーズンのオープニングで踊らせようとします。

 

ニコライが脱走しないようにお目付け役に任命されたのは、ハインズ演ずるアメリカ人亡命者のレイモンド。

アフリカ系である彼は故郷アメリカで人種差別に苦しみ、ベトナム戦争に出征して大義なき争いに幻滅してソ連に亡命したタップ・ダンサーです。亡命した当初は、ソ連側のプロパガンダでマスコミに登場しましたが、もはやお払い箱になり、不遇をかこってウォッカ漬けの日々を送っています。

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この映画、とにかく、亡命者だらけ!

こんなに「亡命」が話の中核になる映画がつくられたのも、「亡命」を宣伝合戦に利用した東西冷戦のなせる業かもしれません。「米=善、ソ連=悪」という勧善懲悪の、西側の宣伝色の強いストーリーにも、東西冷戦という「時代」を感じてしまいます。

レニングラードの街の雑感に目を見張った観客たち

亡命中のバリシニコフは母国ソ連に行くことができないため、本作はロンドンにセットを組んで撮影されました。ソ連での撮影を多く手掛けていたフィンランドのクルーを送り込み、レニングラードの街の雑感を出しています。

「鉄のカーテン」の向こうについてほとんど情報のなかった当時は、観客はソ連の人々の日常風景に目を見張り、釘付けになったそうです。

また、ハインズはソ連の雰囲気をつかむために、映画撮影に先駆けてレニングラードに行きました。ハインズ演じるレイモンドの妻のダーリャ役を務め、一緒にレニングラードを訪問したイザベラ・ロッセリーニは、「豪奢なホテルのレストランでメニューの料理を頼んでも何もつくってもらえず、いつもジャガイモばかりだった」とメイキング映像で語っています。

また、ロッセリーニは「映画製作から数年でソ連が崩壊するとは、そのときは思いもつかなかった」と驚きを隠しません。

世界随一のバレエとタップの融合

ニコライはとにかくソ連から脱出したい。「ソ連を捨てたバレエ・ダンサー」と「アメリカを捨てたタップ・ダンサー」という、相反する立場から、ニコライとレイモンドは衝突してばかりいます。

しかし、「芸術のため」「表現の自由のため」と語るうちに、2人の心の距離が次第に縮まり、やがて一緒に白夜(ホワイトナイツ)の脱出計画を練るのです……。

 

筋書きに賛否両論あるとは思いますが、純粋に「ダンスを楽しむ」という見方をすると、断然面白くなります。

ハインズに惚れ込んだテイラー・ハックフォード監督(『愛と青春の旅だち』、『Ray/レイ』)が「とにかく、ダンス映画を撮りたかった」というだけあって、華麗なダンス・シーンが満載。

ダンスが劇中劇的に挿入されるだけではなく、物語の「ナレーター」役を担っている、という贅沢なつくりです。

しかも、舞台撮影でありがちな固定カメラではなく、動きがダイナミックに見えるよう撮り方が工夫されていて、心が高揚します。

ハイライトは、バリシニコフとハインズが2人で踊るシーン。さらなる挑戦を求めるトップ・アーティストの2人が刺激し合ってスパークする場面は、カメラワークの妙もあって、何度見てもしびれます。

こうした異分野のトップと共演することや、社会や組織のための踊りではなく、個の自由な表現を追求することは、バリシニコフがソ連に留まっていたら難しかったでしょう。

亡命者特有の事情も描き込まれる

映画には、亡命者特有の事情も描かれています。

飛行機がシベリアに不時着したときには、ニコライはパスポートを破り捨ててトイレに流し、自分の身元がわからないようにします。

ニコライは国を棄てたために「犯罪者」とされ、刑が欠席裁判で言い渡されているからですが、亡命することが「国家反逆罪」のような扱いになることは残念ながら往々にしてあることです。

また、ニコライが最後に駆け込むのはレニングラードのアメリカ総領事館です。

大使館や領事館などの外国公館には「不可侵権」があり、接受国が手を出せないからです。

実際に外国公館に逃げ込んで亡命を申請したケースとしては、2002年中国・瀋陽の日本領事館に脱北者の家族が駆け込んだ事件、今年内部告発サイト「ウィキリークス」の創始者のジュリアン・アサンジ氏が、イギリス・ロンドンのエクアドル大使館に逃げ込んで亡命申請した事件があります。

冬はバレエのシーズンですが、バレエ・ダンサーで亡命した人はバリシニコフにとどまりません。ヌレエフ、ゴドノフ、マカロワ(以上、旧ソ連)、リー・ツンシン(中国)と、切りがありません。

踊りに情熱を爆発させるバレエ・ダンサーたちは、当局が望む統制色の強い政治バレエに疑問を持ってしまうと、「もっと自由に表現したい」という欲求に歯止めがかからなかったのかもしれません。情熱的な芸術だからこそ、自由への願いがひときわ強いのかも。

でも、自由の追求は命がけ。代償は大きく、一歩間違えば殺されることもあったでしょうし、一生家族に再会できないことも覚悟しなくてはなりませんでした。

 

そんなことを考えながらこの映画を観ると、より一層楽しめることでしょう!

バリシニコフの亡命を描いた『バリシニコフ―故国を離れて』(現在は絶版)

 

 

 

 


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