第5回『灼熱の魂』『未来を生きる君たちへ』


『灼熱の魂』、『未来を生きる君たちへ』ともに、10月13日から10月28日まで全国各地で開催される、国連UNHCR協会主催の「ヒューマン・シネマ・フェスティバル」で上映されました。

紛争の極限状態を生きることでそなわった「強靭さ」は、十人十色。その形は違っても、真に強い人は、他人を赦す心を持つということを、この映画は教えてくれる。

「憎悪の連鎖」が制御不能になると

シリア内戦を取材中にジャーナリストの山本美香さんが命を落とし、また、日本と隣の国々との緊張関係がぐっと高まる中、「平和」や「紛争」といった、どこか遠いものだった問題が「自分事」としてとらえられるようになりました。

泥沼化する中東・シリアの内戦では何十万人もの人々が周辺国に難民として逃れています。出口を考えないで「憎しみの連鎖」だけが無制御に増幅したときの恐ろしさを、シリアのニュースに触れるたびに感じます。

今回のシリア危機で大量の難民を受け入れている隣国レバノンも、悲しいことに多くの戦争を経験してきました。レバノンの紛争もシリア同様、異なる主張を持つ派閥と国々が複雑に絡み合い、一筋縄では行きません。

様々なグループや個人の利害対立が絡み、単純に「宗教の対立」「民族の対立」でスッキリと説明しきれるものではありません。それは、2011年の米アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたカナダ映画『灼熱の魂』を見てもよくわかります。

レバノン難民の作品を映画化

この作品、レバノン難民でカナダ在住のワジディ・ムアワッドの戯曲を映画化したものです。1970年代半ばにレバノンを切り裂いた内戦から着想を得たストーリーは「謎めいた2通の手紙を遺してこの世を去った母親の過去を2人の子どもがたどる」というもの。

母は中東出身(映画ではレバノンとの明言はありませんが、レバノンのことだとわかります)の難民で一家はカナダで暮らしていました。この姉と弟が母の遺言に導かれながら、これまで母が語ることのなかった人生を追体験し、成長していきます。

© 2010 Incendies inc. (a micro_scope inc. company) - TS Productions sarl. All rights reserved.

「暴力を断ち切りたい」という祈り

不思議な遺言だけを頼りに、言葉も不案内な中東の異国の地を訪れた姉弟が、行く先々でこれまで知らなかった母の姿の片鱗を拾い上げて謎解きをしていく過程はさながらサスペンスのよう。そして、その片鱗をつなぎ合わせた結果、最後には、留まるところを知らない憎悪と暴力の連鎖を断ち切りたいという母の祈り、そして深い「赦し」に出会うのです。

映画は、若き日の母のストーリーと、母の過去をたどる姉弟の姿とを上手に交錯させながら、観る者を中東の乾いた暑さやほこりっぽさの漂う世界にぐいぐいと引き込んでいきます。

言葉を失い、こん棒で頭を殴られたようなショックを受けたラストの展開についてはぜひ実際の映画を観て、皆さん自身で感じて頂きたいと思います。

私は強い衝撃のあと、なぜか心に静寂が訪れ、何だか手を合わせて祈りを捧げたいような気持ちになりました。

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「父親不在」で家庭のきしみが生まれる

「赦し」をテーマにした秀作がもう一本ありました。

前段の『灼熱の魂』がノミネートされた2011年の米アカデミー賞において、外国語映画賞に輝いたデンマーク・スウェーデン映画『未来を生きる君たちへ』です。

主人公のスウェーデン系の医師アントンはデンマークの自宅とアフリカの難民キャンプの診療所とを行き来する生活を送っています。

デンマークで医師として働く妻マリアンとは埋めがたい溝が生まれており、息子のエリアスは学校で「スウェーデン野郎(注・デンマークとスウェーデンは過去に抗争を繰り返しており、複雑な国民感情があります)」と呼ばれて激しいいじめを受けています。

エリアスは、心の拠り所である父アントンの長期の不在で一層孤独感にさいなまされています。

©Zentropa Entertainments16

アントンの仕事場はアフリカのある国の設備の整わない、非衛生かつ簡素な診療施設。「ビッグマン」と呼ばれる無法者が率いる武装グループによる、「子どもの性別を賭けて妊婦の腹を切り裂く」という惨劇の前に無力感を抱きながらも、感情を押し殺して日々の診療活動を行っています。

「父親不在」で歪みを見せるこの映画の家庭環境に、胸を突かれる思いがしました。と言うのも、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)勤務時代、安全や基本的なインフラが確保されない赴任地に家族を連れてはいけない「単身赴任のお父さん」が同僚に大勢いたからです。

時間を決めてSkypeで会話をしたり、子どもの誕生日には休みをとって本国にとんぼ返りしたりなど、皆が家族との絆を保つために必死に工夫していました。アントンの姿に、そんなかつての同僚たちの姿がだぶります。

復讐か、赦しか

父アントンの不在で満たされないエリアスの前に、ロンドンから転校してきたクリスチャンが現れます。エリアスの隣の席になったクリスチャンは、それまでロンドンで暮らしていましたが、母親をガンで亡くし、父のデンマークの実家に引っ越してきたのです。

「父さんが仕事を優先して、母さんを殺した」という屈折した気持ちを持つクリスチャン。彼といじめられっ子のエリアスは仲良しになります。

©Zentropa Entertainments16

父アントンは一時帰国するたびに、息子エリアスとその親友のクリスチャンのために時間を割きますが、あるとき、子どもたちの前で町の荒くれ者から殴られてしまいます。

殴られても何の反撃もできなかったアントンは、「無力な姿を子どもたちにさらしてしまった」と深く傷つきます。荒くれ者の居場所がわかると、アントンは子どもたちを連れて、この男に再び会いに行きます。

「なぜ、殴ったのか」、彼はあくまでも話し合いで解決しようとし、今度は確固たる信念を持って殴られ続けるのです。「非暴力」「寛容」の精神を体現することで子どもたちに「暴力」と「不寛容」の愚かしさを示そうとするのです。

復讐と赦しの狭間で揺れ動く人間の在り方を圧倒的な緊張感で描き出した本作、復讐心の塊のようだったクリスチャンがラストで見せる表情が印象的です。

 

昨年の滋賀県・大津市の事件から、再び注目を集める「いじめ」の問題を考える上でも、ぜひ親子で見てもらいたいと思います。猛々しい言葉が飛び交う今だからこそ、「赦し」をテーマにした作品に触れることは意味あることだと思うのです。

 


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