第4回『オロ』『ル・アーヴルの靴みがき』


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『オロ』『ル・アーヴルの靴みがき』はともに9月29日から東京で開催される第7回UNHCR難民映画祭で上映されました。

 

苦難を乗り越えて異国の地で生きようとする少年たちは、何をこころの拠り所にして生きるのだろう?

 

少年のひたむきさを描いた、出色の2本の映画に出会いました。

底なし沼のような心の闇を抱えながら、それを乗り越える強さを持っているこんな少年に出会ったら、きっとほれぼれして骨抜きにされてしまうだろうな、と思ってしまいます。

ネパールとチベット

私は1年半UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)職員としてネパールに駐在していました。ここには、公式発表で2万人のチベット難民が暮らしています。ハリウッド俳優で熱心なチベット仏教徒であるリチャード・ギアは、ネパールの首都カトマンズのチベット難民たちを慰問した際にUNHCR駐ネパール事務所を訪れています。

 

ネパールで暮らしていると、チベットの話は生活から切っても切れません。事務所のネパール人現地職員には、チベット難民としてネパールに来て帰化した人もいました。

チベット難民たちが多く住むカトマンズ・ボダナートのストゥーパ(仏塔)はネパール観光の目玉ですし、チベット人は概して商魂たくましく、山サンゴや水牛の角を使った銀細工のアクセサリーショップやレストラン経営などで成功している人も多くいます。

チベット難民の「聖地」

そんな、チベット難民の姿を、難民の少年の目を通して描いたドキュメンタリー映画、『オロ』。

主人公の少年、「オロ」は10歳。6歳の頃、チベットからヒマラヤを越えてネパールを抜け、インド北部のダラムサラに辿り着きました。中国政府は1959年にチベットを併合し、今もチベットを抑圧しています。ダラムサラは亡命したチベット人の聖地となり、ダライ・ラマ14世を守護者かつ象徴とするチベット亡命政府が置かれています。

©OLO Production Committee

 

オロは、この町の郊外にある「チベット子ども村」に寄宿しています。いつも笑顔でジャッキー・チェンの真似をして皆を笑わせるオロですが、彼の母親はチベットに留まっており、家族は離ればなれになっています。そんな状況にもかかわらず明るく振る舞う笑顔の裏には、どれだけの悲しみを押し殺しているのでしょう。

77歳の日本人監督と少年の出会い

この映画の監督は、御年77歳の岩佐寿弥(いわさ・ひさや)さん。

岩佐監督は10歳の時に日本の敗戦を経験し、「国が壊れる!」という感覚を抱いたといいます。監督はオロ少年と出会い、彼の中に「おののきながらも生き抜くことに必死だったその頃の自分」を見出したのかもしれません。

オロは親代わりにオロを叱咤激励するおじさんや友人家族に囲まれて生活しています。それは実に質素で厳しい生活です。

オロの友人の父親は刑務所に入っています。2008年、北京オリンピックに沸く中国・チベットにわたりビデオを撮影したところ捕まってしまったのです。

そのため、友人家族は母親が朝早くにパン(のようなもの)を焼き、それを路上で売って生計を立てています。雨の日にはビニールシートを被って商いをするのです。

オロ自身も、6歳でチベットを離れてから母親に会っていません。

「なぜ母さんは僕を旅立たせたのだろう?」 その問いへの答えを探しながら、少年は生きる道を求めます。

オロ少年の変化

岩佐監督は、陰影ある表情のオロからただならぬものを感じたのでしょう。

やがて監督はネパールの地方都市・ポカラにオロを連れ出します。

©OLO Production Committee

 

ポカラには古くからチベット難民キャンプがありますが、ここに監督の知り合いである「モゥモ・チェンガおばあちゃん」が暮らしています。

彼女は1959年にチベットからネパールに逃れた難民一世で、10年前に岩佐監督の映画で主人公を演じています。

今でもヒマラヤ観光で知られるポカラに根を張って生きています。オロは、おばあちゃん、そして難民三世の3姉妹と心を通わせるようになり、やがて凄絶なヒマラヤ越えの体験について、口を開き、語りはじめます。

チベットからネパールを抜けてインドのダラムサラに亡命するには、「ヒマラヤ越え」をしなければなりません。

正規の国境チェックポイントから中国・チベットからネパールに入る場合もありますが、多くの場合、雪のヒマラヤを越えて不法入国することになります。

オロはわずか6歳で亡命した際、山越えの手引き師に身寄りもいない町に置き去りにされて6ヶ月ものあいだ食堂の下働きをして生き延びた経験をしていました。

そのあと、無事カトマンズ、そしてインドのダラムサラに抜けられた訳ですが、そうした過酷な体験で凍りついた心が、ポカラでの交流によって少しずつ溶けていくのです。

©OLO Production Committee

 

先日セミナーでお話しくださった広島大学大学院の別所裕介先生(専門はチベット研究)によると、最近は中国政府からネパール政府への外交圧力が強まり、チベット難民のネパール入国がさらに難しくなり、ここ数年で難民は急減したとのこと。映画でも、越境に失敗して生死の境目を見た人々の話が出てきます。

こんな凄まじい背景を知ると、オロの茶目っ気たっぷりの笑顔が一層愛おしく感じられるのです。

 

船で密航する難民の姿

難民が逃亡を図るときには手段を選びません。

映画『ル・アーヴルの靴みがき』は、北フランスの港町のル・アーヴルに到着した船のコンテナにアフリカ・ガボンからの不法移民の家族が隠れていた、という場面からはじまります。

警察の検挙の手をスルリとかわして一人逃げた少年・イドリッサは、母親が待つイギリスに渡りたい、と考えています。

警察に追われる中、イドリッサは、ル・アーヴルの靴みがき・マルセルに出くわします。妻とつつましく暮らすマルセルは、イドリッサをかくまいます。

©Sputnik Oy photographer: Marja-Leena Hukkanen

マルセルは、うらぶれた港町の気のいい近所の連中を巻き込みながら、イドリッサがイギリスに渡る「資金集め」と「密航の手配」をしてやります。

この映画は、難民の少年への無償の善意がつくりあげた「大人のおとぎ話」。政治や経済の見通しが暗くても世の中捨てたものじゃない、と観る者の心に明かりを灯してくれます。

カウリスマキ監督のメッセージ

ストーリーの肝は、厳しくなる一方のヨーロッパの移民・難民政策への風刺です。ただ、声高な批判や解決策の提示ではなく、あくまで観た人に問いかける、というのがカウリスマキ監督流。

印象的だったのは、イドリッサがマルセルに向ける眼差しの変化です。最初はマルセルの真意がつかめずに警戒していたイドリッサが、マルセルが本気で自分に向かい合っているとわかると次第に心を許し、強いだけだった眼差しに優しさが加わります。

©Sputnik Oy photographer: Marja-Leena Hukkanen

いよいよ密航船でイギリスへ、というときに、すべてを準備してくれたマルセルと握手を交わすイドリッサの目には、感謝とこれからを生き抜こうという覚悟が重なり合っていました。

アフリカの密航者は、船員たちに感謝していた

私自身も、西アフリカの紛争でズタズタになったリベリアから貨物船で密航した若者たちと向き合った経験があります。トルコに駐在し、難民として保護されることを求める人たちから聞き取り調査をし、認定の審査をする仕事をしていたのです。

「密航者たちが難民申請するつもりらしい」と船会社から連絡を受け、すぐトルコ地中海沿岸のイズミールの港に向かいました。

トルコ政府に彼らの上陸許可を要請しましたが聞き入れられず、同僚と私の2人のチームは限られた時間のなか、船の上で6、7人の聞き取り調査を行いました。彼らは貨物室やらエンジンルームなどの危険な場所に隠れていたものの船員に見つかった、とのこと。疲労の色は濃かったものの「船員たちが水や食料を与えてくれた」と感謝していたのが印象に残っています。

しかし、私たちが難民認定審査の結果を出す前に、船は「スケジュールは変えられない」と言って、彼らを乗せたまま次の寄港地に向けて出発してしまったのです。

イドリッサの姿を見て、「あのリベリアの若者たちはどうなってしまったんだろう」と当時の記憶がまざまざと立ち昇りました。
『オロ』『ル・アーヴルの靴みがき』はともに9月29日から東京で開催される第7回UNHCR難民映画祭で上映されます。二人のチャーミングな少年に、どうぞ会いに行ってください!

 

 

 


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